おセンチ釣行

 去る5月15日。

 朝、というか夜中、っていうか4時、パチクリと音を立てて目覚めてしまった。

 ウシが呼んでるぜ… モーって。 …間違えた。海が呼んでるぜ。海が。太平洋が。

 というわけで、とりあえず始発が走るまで「いかにして僕は巨大魚を釣り上げたか」を釣る前から考え、気付いたら7時頃になっていて始発はとっくに出た後であり、まぁ仕方が無い。
 いざ、太平洋へ。

 しかし、行く場所も決めていなかった。

 そうだ。外房に行こう。
 このところ熱海や伊東、三浦などばかりで、僕が釣りを覚えた地である外房には、とんと行っとらんかった。

 10年ぶりくらいか。
 興津漁港。

 千葉に住んでいた頃には原付で行ったりもしたが、それは近いというよりは若かったからだ。
 原付で竿をしょって、千葉の低い山を越えて外房まで行ったのだ。

 懐かしいなぁ。

 ノスタルジックだなぁ。

 センチメンタルだなぁ。

 眠いなぁ。

 めんどくさいなぁ。釣り。
 外房って遠いしなぁ。。

 危うく二度寝するところだったが、これを逃したら外房なんていつ行くか分からない。
 自分で自分に往復ビンタし、軽く脳震盪を起こしつつ準備。

 新宿から特急で一本。
 2時間ほどで上総興津に着いた。

 10時前とは言え、釣りをするには少し遅刻だ。

 まぁセンチメンタル釣行ってことで、天気も良いし、釣果は二の次。
 存分に感傷的な気分に浸ることにした。

 まず、いつも行っていた釣り餌屋へ。
 あのヨボヨボのじいさん、まだ生きてっかな、と少々不謹慎なことを思うものの、いや何が不謹慎なものか、死んでて当たり前なヨボヨボだった。
 それだけ時が経ったという事だ。
 餌屋があるかも分からない。
 あったとして、多分息子が継いでいるのだろう。

 駅から歩くこと10分弱。果たして釣り餌屋は、そこにあった。
 そのままの姿であった。

 おお、さては息子が継いだな。さすがにあのヨボヨボの爺さん、生きていても仕事は辛かろう。
 戸を開けると、10年前にそうだったように、店の奥のふすまが少し開いていて、人がいる。
 人がいて、テレビを観ている。
 おおお、そのままだ。10年前のままだ。

 しかもテレビの音が大きい。

 これは… まさか、じいさん… 現役か!?
 あんなにヨボヨボだったのに、10年経ってもヨボヨボしたまま仕事を続けているのか!
 これは大変なことだ。
 僕も頑張って生きねば、と思う。

 もうそれだけで、外房まで来た甲斐があった。
 来て良かった。二度寝しなくて良かった。

 僕は店の奥に声を投げた。
 じいさん、耳が遠いから大きな声を出さねば聴こえないのだ。

 とりあえずオキアミを3kgと配合餌を買うことにした。
 のっそりと店の奥から出てきたヨボヨボのばあさんにその旨を伝え、って、おや? ばあさんだ!

 じいさんじゃない!

 ヨボヨボだけど、じいさんじゃない!

 可能性としては、じいさんが現役を退いてばあさんが継いだか、じいさんが性転換してばあさんになったか、10年前のあのじいさん、実はばあさんだったか。

 何にしても、その店にはオキアミが無かった。

 僕は狐につままれたような気持ちで別の店に行き、餌を買った。

 さて前置きが長くなったが、釣りの方はと言うと。
 まずまずだった。

 メジナ23cmくらい1尾。
 フグ20尾以上。
 豆アジ1尾。

 途中からフグの猛攻に遭い、もう諦めてフグ釣りをしようと思って始めたら意外と面白い。
 しかし写真を撮ろうと思ったらパタリと釣れなくなった。

 欲をかいてはいけないという事です。

 僕の隣では地元の幸せ家族がカニを取ったりキスを釣ったりしていて、実に良い気持ちで釣りができた。

 でも、もうしばらくは行かないだろうなぁ。

 

ひとりBBQ

 5/5は何の日だ。

 こどもの日?

 ばか。

 そんなの当たり前でしょ。

 5月5日は「ぎょぎょの日」と勝手にこじつけ、漁業に行くことにした。
 管理釣り場へ。王禅寺。

 いつもと違うのは、リュックに飯ごうと飯、金串と塩が入っていることだ。
 釣った魚を持って多摩川河川敷に行き、飯ごうで飯を炊き、魚を焼いて食おうと。
 そういう魂胆。

 王禅寺に着いたのは10時頃。
 大混雑だ。

 GW最終日。親子連れが沸いていた。

 いつものMIX池は餌池となり、逆にいつも餌池である4番がMIX池となっていた。
 早速釣り始めたが、全く釣れない。反応が無い。

 子どもは周りを走り回り、よく分からない素人が大騒ぎであり、日差しは猛烈で、ああ辛い、生きるって辛い。
 最悪、餌釣りで何匹か釣って、早いところ多摩川に移動しよう。

 と思っていたらポツポツと釣れ始めた。
 でも、まぁ渋い。

 何とか2尾キープ。

 電車で多摩川に移動し、河川敷に向かう途中で木炭3kgと水2リットル購入。
 あわせて5kg。重い。

 ひーひー言いながら河川敷へ。

 こちらも大混雑。
 トランスとかハウスとかいうジャンルの音楽が鳴っている。
 うへぇ、と思った。

 とりあえず腰を落ち着けて火を起こすか、と場所を探すと、誰かが消し忘れた炭がある。
 これは、あれだな、危ないな。
 炭が消えていないのに気付かず踏んでしまったら、これは大火傷だ。
 大変危険だ。

 消すか。

 いや、もらうか。

 火を起こすのが億劫に思っていた僕は、誰かが消し忘れた火をありがたく頂くことにした。
 購入した炭を追加してあっという間に火が大きくなった。

 で、飯ごうを火にかけた。
 炊き方なんて知らないから適当。

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 吹いてきたら蓋の上に石を乗っけた。
 確かそうするのだ。うっすらとした知識だ。

 程よき頃合で(感覚重視)飯ごうを火から外してひっくり返す。
 蒸らす訳ですね。多分。

 その間にニジマスを串刺しにし、塩をばっと振って火にかけた。
 遠火キープ。

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 焼きあがった頃合で(感覚重視)飯ごうの蓋を開け、食事開始。

 周りはトランスやハウスであり、飯ごうは見たところ僕だけだ。
 周りはBBQ、僕はサバイバルの様相。

 まぁ、悪くない。

 飯は硬かったが、魚はとても美味かった。

 次は燻製に挑戦しよう。

 

また伊東

 一体どんなきっかけがあったのか、もうよく思い出せないが、4/29、祝日。
 伊東に行ったのだ。

 月に何度行けば気が済むのか。

 いや、別に僕の気が済むとか、そういう問題ではない。
 事実、僕は前回の伊東釣行で自己新である50cmのクロダイを上げたのだ。

 もう、ある程度の満足は得たのだ。

 が、釣り仲間であるところのS氏は釣っていなかった。

 28日、仕事を終えて帰宅。
 大急ぎで釣りの支度を整え、終電でS氏の最寄り駅へ。

 休日前の都心、終電は満員電車であった。
 竿だけは守らねば、と車内で厳しい体勢をとりつつ、30分ほどで着いた。
 もうヘトヘトであった。

 S氏とY氏と僕、男3人で伊東へ向かった。
 深夜は車が空いている。
 微妙にGWに入っているので混んでいるかも、と心配したが取り越し苦労だった。

 伊東港に着いたのは3時頃。
 港には初めて行った。(観光では行ったことがあるのを歩きながら思い出した)

 真っ暗なので少し怖かったが、猛烈に明るいヘッドライトのおかげである程度の状況は分かった。

 結局、一番大きな堤防(白灯台のある堤防)の先で釣ることにした。
 先客は4人ほど。

 堤防の内側が開いていたのでそちらで釣り始めたが、川からの濁りか、泥水だった。
 そんな中でY氏がメバルを1尾釣った。俄然やる気が出てくる。

 日が出てきてから、堤防の外側に移った。
 外側は水が澄んでいて、コマセを撒くと子メジナが沸いているのが見える。

 7時から8時頃に時合いが来た。

 僕は24cm程度のメジナ1尾、20弱のメジナ1尾、イシダイの子、エビ(!)を釣った。
 Y氏は28cm、まずまずのメジナを1尾、あとフグなどを数尾。
 S氏は20cm強のメジナ数尾と、メバル1尾。

 S氏のメバルは背中をイカにかじられていた。
 イカもいるんだな。
 地元の釣り氏はエギを投げていた。

 日が高くなってからアタリが遠のいた。
 風も強まったので車に戻り、S氏とY氏は仮眠。
 僕は余った餌を消費。
 フグの猛攻にあったのみ。途中で暴風雨に見舞われた。

 片付けてから熱海のデニーズで飯。

 帰りも道は空いていて、夕方には家に着いた。

 血抜きだけではなく、しっかり脳を破壊して締めたメジナは、やはり一味違った。
 次回は神経抜きに挑戦しようと思った。

 なんにしても釣り場で喰うゆで卵は美味い。